2005年4月号
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「霧の中から光へ」
ベス・マクファーランド師
朝の五時、私の乗ったバスは曲がりくねった山道をゆっくりさらに奥地へと入っていきました。生まれて初めて訪れるこのトラジャ地方で、私はこれからの三年間を過ごすことになっていました。
窓の外の霧のかかった景色を眺めていると、山のふもと近い斜面に、あたかも山を取り囲むように、奇妙な形のものがぼんやりと立ち現われてきました。‥‥船?でもここは海から遠く離れた内陸地だし、このあたりに湖などもないはず‥‥。
やがて次第にそれは私の目の前ではっきりした形で見えてきました。それが私がトンコナン―古代の舟のような形の屋根を持つトラジャ地方独特の家―を初めて見た時でした。クイズ―船でない船って何?答え―トラジャの家!」
今ふりかえってみると、この時の景色の鮮烈な印象が、この地での私の様々な経験を象徴しているように思います。あの日から私にとって、まるで霧の中を手探りするようにしながら、見るものや聞くものを理解していく日々が始まったのですから。
皆さんも私と一緒に、このトラジャ地方を訪れたと思って下さい。ここは、物事が必ずしも外見そのままではない所です。
さて現在、火曜日の午後のは私の家。椅子は全て片付け、床に籐で編まれたマットを広げ、ドアは広く開けておきます。
ここで、主に英語学部の大学生達が十余名ほど集まってきて、聖書の学びをするのです。
この「クリスチャン」の学生達のほとんどは教会学校教師、青年会のリーダー、キャンプの企画などを通して、教会で積極的に奉仕をしている人たちです。でも何週間か経つにつれ、私はだんだん何か変だな?と思うようになってきます。クリスチャンとはどんな人のことを指すのか?について彼らと私の考えとが大きく異なることに気がつくのです。
そこで今週は、賢い人と愚かな人がそれぞれ家を建てる‥‥あのたとえ話を学ぶことにしました。参加者たちがもっと自由に自分達の霊的状態を分かち合えるきっかけとなるように、彼らにそれぞれの「信仰の家」を簡単な絵に描いてもらいます。
セルヴィ姉の描いた家は不安定そうな足のついた高床式の小屋。その何本かの柱でかろうじて立っている様子です。
彼女はその後でざっくばらんに、いかに自分が確信と疑いの間でほんろうされているかを打ち明けはじめました。他の学生達が帰った後も彼女と私はさらに少し話を続けます。私は彼女に、どのようにクリスチャンが救いの確信を持つことができるのかについて書かれた小冊子を渡しました。
数週間が過ぎました。彼女は変わらず定期的に学びにやって来ます。そして自分が今静思の時に、神との交わりを喜んでいることを分かち合ってくれました。ある日、私は勇気を出して、「あの『信仰の家』はどうなった?」と彼女に聞いてみました。彼女は笑ってこう答えたのです。「もう、グラグラ揺れたりなんかしてませんよ!」
私は喜びでいっぱいになりました。でも他の子たち―まだ霧の中をさまよっているアントン、ペトロ、ルベンやデンシアニはどうなのでしょうか?
ここの青年クリスチャン達の多くは、教会員であることや、忙しい教会での奉仕といった、「砂」の上に信仰の家を建てているのです。彼らは今も霧の中を手探りで歩んでいる状態なのですが、それでも自分達はクリスチャンと信じています。
「クイズ―クリスチャンとは言えないクリスチャンは?答え―受洗し、教会で堅信礼も受けていても、まだイエスさまご自身に出会っていない人」。
では、次にここの葬儀にご一緒に参列してみましょう。トラジャ地方はその独特な葬儀でも有名な所です。
村に入るとまず、明るい花綱や旗布で飾られた伝統的な家々を目にすることでしょう。何百、時には何千人もの葬列者を迎えるために、広いスペースに新たに竹製の舞台が設けられます。葬儀はここで毎日異なった儀式が執り行われながら、五〜六日の間続けられるのです。
今日はマバドンの行なわれる日。死者の近親者らが、家族の最年長の男性を中心に大きな輪を作ります。そしてトラジャ語で掛け声をかけあいながら、葬送歌を歌い、唱えるのです。連れのインドネシア人にこの儀式の意味を尋ねると、「ああ、私たちトラジャ人はみんなもうクリスチャンですからね。彼らはただ死者に敬意を表わす意味で、死者の生前のことを歌の形で語っているんですよ。」という答えでした。その後、私はガイドブックでこのマバドンのことを調べ、又他の人にも再び尋ねてみました。今度は少し違った説明が返ってきました。
「これは死者の霊が、迷わず来世への道を見つけられるようにするために歌うのです。」
死者の霊への敬意?それとも祈祷?
「クイズ―クリスチャンがクリスチャンと言えなくなってしまうのはどんな時?答え―福音と古い宗教とが混じり合ってしまっているのに、その状態を変えることも、キリストが全ての主となられることもよしとしない時。」
再び私の家に戻りましょう。アレックスという青年は、私にこう言いました。「ぼくは自分がまるで怖くって、殻の外に出ようとしない雛のように感じます。」これがあのアレックスなのでしょうか?自信に満ちた自由神学の神学校の卒業生、私の保守的な福音主義をからかっているあの青年なのでしょうか?
彼はもうすぐある教会の牧師となる予定です。でも自分はまだ準備ができていない、と彼は打ち明け、一緒に聖書を学べないでしょうか?と言ってきました。
そこで、私たちは、毎週土曜日の午前中に、床の上に辞書と注解書、コンコーダンス、英語とインドネシア語の聖書を広げ、二時間から四時間にわたっての深い聖書の学びをしました。
アレックス兄はまるで水を得た魚のように、全てを吸収していきました。そしてある日、彼はふっとこう言ったのです。「ほんとに‥‥ぼくは三か月前にクリスチャンになったんですね。今頃になってやっと、わかってきましたよ。」彼の言葉に私の心は踊りました。今、ひな鳥は主の翼の下に巣を作りつつ、安全に保たれています。でも彼の同級生達はどうなのでしょう?彼と共に卒業し、既に按手礼を受けて教会で奉仕しながらも、神学的混乱の霧の中で手探りを続ける牧師や働き人達は?
「クイズ―クリスチャンがクリスチャンと言えない時は?答え―青年が自由神学で頭を一杯にして五年間を過ごし、その後飢えと空虚感を持ったまま卒業する時」
では、クリスチャンが真にクリスチャンとなりえる時とは?それは、神の民の祈りに神が応えて下さり、御霊が霧を貫いて、人生をまったく変える福音の光をその人にもたらして下さる時ではないでしょうか?
「完全なる神の道」
フィリピン・マノーボ族伝道 合田希保
「神、その道は完全。(詩篇十八篇三十節)」心から神様を崇めます。
今日は三月三日、パソコンを前に久し振りの宣教ニュースの原稿を書かせて頂けます恵みを噛み締めつつ、ミンダナオ島・マノーボ族伝道の働きへの第二期派遣を報告させて頂きます。
皆様、大変ご無沙汰しておりました、休職中の尊いお祈りとお支えを本当に有り難うございました。三月一日からOMF宣教師として復帰させて頂きました。
三月十三日には母教会(千葉、流山福音自由教会)で派遣式が執り行われ、三月十七日には成田よりフィリピン・マニラへ出発致します。皆様がこの宣教ニュースをお読みになる頃は事後報告になってしまいます事をお許し下さい。
七ヶ月の休職の間、主に母教会の母子室で静まらせて頂く祝福の時を沢山頂きました。母国語の聖書で、神様の御言葉を思う存分味わい、そこに浸らせて頂く日々は何にも変えられない今の私の原動力になっています。
月並みな表現でしかお伝えする事の出来ないもどかしさを覚えますが、自分が如何にうなじの強い民であるのか、罪深い者であるのか、弱い者であるのか、神様ご自身から教えて頂きました。そして日々、悔い改め、赦され、悔い改め、赦されの連続でした。自分では気付かない内側にある自我も浮き彫りにさせられていきました。今でもその戦いは続いています。どうぞ、日々、神様から、また御言葉からのお取り扱いを頂いて、自分自身の中にある罪や自我に勝利させて頂き、さらにさらに成熟させられる歩みとなりますよう御祈り下さい。
恐らく四月はミンダナオ島のダバオでベースハウス探しをしながら、セブアノ語を久し振りに話せる喜びに溢れている事でしょう。又、マノーボの山を訪れ、マノーボの子供達との再会の中で、神に感謝を捧げている事でしょう。
宣教ニュースをお読みの皆様、小さき者と共に、このフィリピン・マノーボ族宣教に再派遣に導いて下さった神様に、感謝の祈り・賛美を捧げて下されば幸いです。では行って参ります。心から感謝と共に、主にありて。
【祈りの課題】
1.フィリピンの生活・気候への再適応の為、そしてセブアノ語やマノーボ語のブラッシュアップ(復習)の為にお祈り下さい。
2.日本にいる未信の家族の救いの為に。合田正(父)淑子(母)正一(弟)、ともの・デイニュウス(妹夫婦)、潤(甥)。又彼らが心配やさびしさから解放されるようお祈り下さい。
「ニャックルアンで待っていたもの」
カンボジア・プノンペン 西村信恵
ソッカー君は、タイボーダーのポイペットにあるギャンブル場で働いていた青年です。ニャックルアンに帰ってきて教会に来るようになり、「ここには何かがある。居心地がいい。神様を知りたい。」と、ポイペットに帰る予定を変更してニャックルアンにとどまることにしました。彼の罪を赦し永遠の命を下さる神様を知った彼は、それからどんどん友人を誘ってきました。病気で左半身が思うように動かなくなってしまったウッティ君には、「君は希望を与えてくれる本当の神様を知らなきゃいけない」と自ら送り迎えをし、教会にともに来ています。また、彼の友人の一人シーニム君は、失恋、父親の酒乱、またさまざまな問題を抱え、睡眠薬を大量に飲んで自ら死ぬことを選びました。幸いにして命を取り留めたところに、青年会のメンバーがソッカー君と訪問をして神様のことを語りました。価値のある、愛される存在として神様が創ってくださったことを知って、シーニム君は見違えるほど明るくなり、教会に通っています。家庭での問題は続いていますが、神様に希望をおいてともに歩んでいます。そのほか、これまでにずっと青年会に来ていたバーン君、ヘーン君が神様を信じて新しい歩みをはじめました。久しぶりにニャックルアンに帰ってきて見せられたのは、こうした青年会の間で働かれている神様の業でした。神様は確かに人々の心に触れ働いておられます。
私は今日も「僕の友人を紹介したいんだけど。その子の家、教えてあげるよ。一緒に行きましょう。」というソッカー君に逆に教えられ、励まされながら、訪問をし、青年たちと出会っています。一見明るく見える彼らは、実はさまざまな問題を抱えていて悩んでいることが多くあります。わたしがその子達と出会うときにその心にあることに触れることができ、よい関係を築いていくことができますように、必要な言葉が与えられて語っていくことができますようにお祈りください。皆様のお祈りを感謝いたします。
【祈りの課題】
1.韓国からチョー師ご夫妻が帰ってこられました。再びのカンボジアでの生活に早く慣れ、西村師と同労者のチームに一致が与えられますようにお祈りください。
2.4月13〜15日はカンボジアのお正月です。この間教会の方たちがさまざまな誘惑や偶像礼拝から守られますようにお祈りください。
「青年リトリート」
在英邦人伝道 横山基生、好江
二月十一日〜十三日のケンブリッジ・青年リトリート。英国十地域、欧州四ヵ国(アムステルダム、ウィーン、ノルウエー、パリ)から六十名(奉仕者含む)が集められ、「主に従う」とのテーマのもと、御言葉と交わりに大いに恵まれました。十三名がノン・クリスチャン、神学生四名、フルタイムで奉仕している者二名。このバランスも絶妙で小グループ・ディスカッションも弾んだようです。欧州各地で励んでいるクリスチャンや求道者が一つ所に集められ、御言葉に養われ、交わりに励まされ、ネットワークを充実させて、日本に帰国後も信仰生活・教会生活を励ましあえるようにとの目的で、私達夫婦が開催して六回目。「短い時間内にうちとけ、主の前に心を開いて語り合えるように」と、今回は参加者に事前に祈り備えてもらったのが答えられ、心から感謝しています。
三十四名が、地元クリスチャン八家庭に分泊。我が家には計十六名泊まってもらいました。リトリート最終日の聖日礼拝はロック・バプテスト教会で。リトリートから四十一名、他六名の日本人が出席。教会側がよく準備して下さり、「天国のようだ」「福音はすべての民のものだと実感した」などのコメントを受けました。同時通訳は一つの受信機からジャッキで分けて四人聞けるようにし充分間に合いました。
その後十七人乗りミニバスと三台の乗用車が連なってロンドンJCF礼拝へ。学生聖研の常連で、受洗を願っているMさんを含む数人の求道者にとって、日本語礼拝は生まれて初めての経験。Mさんは実家がある岐阜県地域で奉仕なさっていた小川副牧師の説教を聴き、「中津川の平均年齢七十五才という教会に行って皆さんと交わりたい」と大変前向きで、私達は主に感謝を捧げました。
聖日礼拝説教を同時通訳している私は、通常は土曜日に説教の原稿を受け取り、全文を日本語に訳して本番に臨みます。リトリートのため、木曜までに原稿をもらえないかとお願いしたのを説教者が受けとめて下さり、前もって準備してリトリートに臨むことができました。このような犠牲的協力に大感謝です。リトリートを振り返る時、この準備中に教えられたことが支えてくれたと思います。詩篇二二の一四で主イエス様が御自身を惜しみなく注がれた姿。自分がいかに出し惜しみをして奉仕しているかを示され、イエス様に倣って自分を注ぎだすことができるようにと祈らされました。その祈りに主は恵みの内に答えて下さいました。皆さんのお祈りにも主は答えて下さいました。心から感謝します。(好江)
月曜学生伝道聖研に来ているノンクリスチャンが八名このリトリートに参加し、その恵みを二月十四日の聖研で分かち合い、三時間にも及びました。一人一人が確かな霊的な恵みを与えられたことを知り、主の御名を心から賛美しました。八名のうちRさんがリトリート直前に明確に主への信仰を与えられたことを後で知りました。日本語聖研に参加して一年四ヵ月。英国人クリスチャンとの交わり、ホームステイ先のクリスチャン家族との交わり等を通して主に導かれたのでした。御言葉に命があり、それに真剣に取り組み続ける者達に、霊的な恵みが確実に注がれていること、霊的な成長が見えない時にもそこに主の御業がなされ続けていることを確信させられました。
二月二十八日の学生聖研に二名男子学生が新しく来ました。さらに一人でも多くの日本人がケンブリッジや英国各地で滞在中に御言葉に親しむ為に働き人が必要です。(基生)
【祈りの課題】
1.4月13日(日本着14日)〜5月17日の日本での働きが御心に沿って行なえるように。巡回して宣教報告、帰国者が日本の教会に定着するための働き(啓蒙、受け皿となる教会との交わりの充実、帰国者のフォロアップ)のため。
2.ケンブリッジを留守にする間、週3つの伝道聖研は続行する予定。担って下さる兄姉を主が用い、それぞれの魂を導いて下さるように。留守宅が守られるように。
「活水泉の助け手たち」
台湾・活水泉 木下理恵子
台湾は旧正月を終え、いつもの生活に戻った所です。活水泉の大晦日は八十人ほどの人が来て過ごしました。礼拝の終わりの頃に一人の人が好きな賛美をリクエストしてきました。それがきっかけで、食事後のゲームが終わった後は、みんなの好きな賛美を次々に歌って過ごしました。
自分はどうしてこの賛美が好きかの証し、私はうまく歌えないけれど、朗読できるとの人など、一年の終わり、みんなが大声で主を賛美するのを聞きながら、活水泉に主が与えて下さった成長を思った事です。皆様の今までのお祈り、そして旧正月のためのお祈りをどうもありがとうございました。
この活水泉、呉師や私などフルタイムの働き人だけでは大変です。主は最近新しい助け手を加えていて下さっています。孟兄は萬華のある教会の信徒。丁度呉師がお休みでテラ師と二人で「主よ、天使を送って助けて下さい。」と祈った日に突然現れました。牧師連合祈祷会に来ておられる牧師がメッセージの中で活水泉の証をしたのを聞いてきたそうです。自分でも酒に縛られた月日があり、活水泉の仲間のことを人事と思えないようです。もう九ヶ月近くになりますが時間のある時は必ず来てくれます。余姉妹は学校の先生を引退なさった方。一度呉師の長老教会での活水泉の証を聞き、重荷を持ち最近来てくれるようになりました。「お母さん」と呼べるような年齢の方が来て下さるといいねとテラ師と祈っていたので、祈りの答えかと喜びつつ、長期に来てくださるといいなと願っています。阿清姉は実は台湾人のOMF仲間です。留学中にアメリカで信仰を持ち華僑のご主人と結婚し、中国におられました。第二子の妊娠で問題があり台湾に戻られました。生まれたお子さんは少し障害があり、また彼女自身免疫系統に問題がある病気となり、今将来の導きを求めている所です。そんな中、週一度活水泉に来てくれています。初めて活水泉の仲間と一緒に礼拝していた時、隣に座っていた人が彼女のコートにさわり「こんなに薄いコート、夜はうんと寒くなるよ。ここでもっと厚いコートもらうといいよ。寝袋もね。」とアドバイスされました。博士号も持っている阿清姉、笑いながらこの証をし、自分と同じ台湾人の活水泉仲間の親切に感動していました。
こうした貴重な兄弟姉妹の助けが活水泉の仲間に更なる主の祝福と愛を伝えています。この方々が主に更に用いられ、祝福があるようにお祈り下さい。また呉師以外にもう一人フルタイムの働き人が与えられるようにもお祈り下さると感謝です。
【祈りの課題】
1.葉師、孟兄、余姉、阿清姉と活水泉に定期的に手伝いに来てくださる兄姉を感謝。主がお一人一人を祝し、活水泉で用いて下さるように。またもう一人フルタイムの同労者が与えられるように。
2.活水泉を社団法人として登録するのでなく、財団法人OMFの分会として登録してはという話が出ています。主が望まれる形で活水泉を政府に登録できるように、主の導きをお祈り下さい。
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