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2008年11月号  page1  page2


「宣教、大学生の視点」
北タイ・ミェン族 有澤達朗、たまみ

光の子たちの生活訳聖書!  夏休みを利用して宣教の現場を見たい。そんな元気のいい大学生三人、高校生一人が日本から来ました。全員女子です。「元気」がキーワード。
 タイの学校はまだ休みではないので、こちらの大学の授業に参加しました。あらかじめ両国の学生に英語スピーチを用意しておいてもらって、音声学の三つのクラスで代表二人ずつが交換しました。
 質疑応答の時間に、タイ人の学生から「日本のマンガの歌を歌ってくれ」とリクエストがありました。四人姉妹は何のためらいもなく、三〇秒くらいの打ち合わせの後、楽しそうに歌いました。数日後、私はそのクラスの男子学生と話したのですが、「彼女たちのXXXモンの歌を聞いて感動した!みんな勇気がある」と言うのです。国立の大学の普通の授業中なのでイエス様のことを直接話したわけではありませんが、態度が十分にキリスト者の証しを立てていました。
光の子たちからいっぱいエネルギーを充電しました  その他に学内聖書研究・伝道グループの学生集会で証しをし、ミェン語識字教育クラブ出席、学生のアルバイト先に押しかけていってその学生の割引カードでアイスクリームを食べ、ミェン族生徒寮とタンマジャーリク教会で証しと賛美、そして念願の象乗りと、盛りだくさん。
 最後の夜のこと。四人姉妹はミェン族の学生と、タイ人のノンクリスチャンの学生一人のために、日本からのプレゼントを用意していました。ところが、アイスクリームとピザを食べに来たのは八人。プレゼントが足りません。結局その場では渡さないことにしました。帰り際、ミェン族の男子学生が、「先生の家に帰る途中、下宿近くのある所に寄ってください。四人姉妹にプレゼントがありますから、他の人のいない所で渡したい。」
 それで、夜十一時ころ、道路わき街灯の下で、七人の若者のプレゼント交換と別れの祈りのときとなったのでした。

【祈りの課題】
1. 10月、「母語から始める多言語教育セミナー」(第2回)に参加したミェン族がミェン語教育へのビジョンを持つことができるように。他人にもその重要性を伝えるようにお祈りください。
2. タンマジャーリク教会で求道中のイェングゥエイ婦人の救いのためお祈りください。山岳民族の古い習慣である薬物使用を断ち切るように、文盲の彼女が救いに関する聖書の教えを理解できるように。


「病からの回復と宣教の夕べ」
日本 佐味湖幸

「神様は新しいことを始めておられます」宣教の夕べで証をする佐味師  九月の前半二週間は先月号でも書きましたように、フィリピンからのみやげデング熱と付き合い、熱が下がっても、寝たり起きたり、ゆっくりと過ごしました。お祈りいただいた方々ありがとうございました。後遺症もなく、非常に順調に回復しました。
 その後、やらなければならない仕事が二週間以上遅れてしまったのですが、ぼちぼちとコンピューターを開け、OMFのホームページの更新をし(新しいコーナーが始まっています。どうぞ、お立ち寄りください)、フィリピンのピリ・クロスステッチ・プロジェクトのクリスマスカードの宣伝チラシを作り(こちらも、どうぞご協力ください!)と動き始めた第三週。
 そして、第四週目は九月二十六日の宣教の夕べ、菅家総主事就任式のために市川へ行き、あれやこれやと雑用をしたのち、パトリック・フン総裁を成田にお迎えしたり、日本料理をご一緒したりと接待をさせていただき、集会を迎えました。
パトリック・フン総裁とともに  宣教の夕べでは、フン師のネヘミヤ記からのメッセージにチャレンジを受けました。特に「壊れている城壁の状態を悲しむ」ということ。私たちが奉仕している東アジアには、なんと多くの人々がまさに霊的に「壊れた状態」でいることか。その人々への求霊の情熱を失ってはいけないと強く思わされました。
 また、菅家師夫妻が按手を受けられている姿に、日本委員会の新たな時代が始まったことを感じ、ともに日本の教会がさらに世界宣教に貢献していくために、力を合わせて進んでいきたいと願わされました。
 この集会の会場で、久しぶりにお会いした方々やメールなどのやり取りはあったが、初めてお会いできた方、短期宣教に興味があると声をかけてくださった方など、嬉しい出会いが色々とあり、感謝でした。
 フィリピンからのカードも沢山売れました。感謝!

【祈りの課題】
1. 2月の東南アジア祈りの旅、3月のフィリピン、ミンドロ島感謝ツアーにふさわしい方々が参加できるように。準備のために。
2. 宣教に興味のある人たちが、さらに起こされるように。また、宣教に関心のある人たちに短期宣教プログラムなどの参加を促したり、祈り会にお誘いしたり、うまくフォローしていくことが出来るように。


「天に国籍を置く者として」
カンボジア 一時帰国中  今村裕三、ひとみ

ラウンドヒル(円丘)先生ご夫妻とともに  満開のコブシの花に迎えられたニュージーランド訪問の始まりでした。ある時は風が強く寒かったですが、快晴の天気に恵まれて過ごすことが出来ました。久しぶりに会う夫婦というのは面白い反応をします。「あれ?何故あなたがここにいるの?」お陰様で三日程で慣れました。いつもの休暇とは違い、いろいろな人に会うことを許されました。
 今回の旅の目的の一つでもあった元日本宣教師のラウンドヒル先生ご夫妻との交わり。ひとみの父はケン先生に日本語を教え、その後共に学生伝道に労した親友でした。ケン先生は九十二歳の高齢ですが、ご夫婦ともにニュージーランド在住日本人の魂の救いのために労されています。約五十年前の昔話に花が咲きました。天国の前味を味わったようです。ご夫妻が話される「わたくしども」という日本語の響きから、当時の宣教師生活の香りがしました。
 ある町では、カンボジア宣教に関心を持っている家族の家に数日宿泊し、交わりを持ち、私たちの宣教地での生活を分かち合い、様々な質問・不安に答えました。少しずつこちらの生活を知っていくと、非アジア圏からカンボジアに来る宣教師たちの大きな犠牲と苦労が少しだけ分かったような感じがしました。気候だけでなく、生活習慣の上で、かなり生活を変えなければならない現実を知りました。子供がいればなおさらでしょう。やはり神様からの召命がとても大切であることを再確認しました。先日、その家族がOMFに入会申請書を提出したと伝え聞きました。神様は私たちの祈りを聞き、私たちの必要を知り、答えて下さり、すべて満たすことの出来るお方であることに思いを巡らし、主の御名を誉めたたえました。(裕三)
 英語の学びをお祈りに覚えてくださり、心から感謝します。このニュースが皆様のお手元に付く頃には、ニュージーランドを後にして、日本でカンボジアへの出発の準備をしている頃だと思います。
 先日、通っている英語学校の近くで殺人事件がありました。男に殴られ、助けを求めた女性を助けようとした男性が、その殴っていた男に刺されて殺されました。夕方の出来事で、私はその事件の起きた一時間前に、すぐ近くを歩いていました。あまりに近くに、そして繁華街で起こった出来事にショックを受けました。翌日の新聞に、被害者とその家族のとても仲の良さそうな写真が載っており、胸の詰まる思いがしました。彼は十代の三人の子どもの良き父親で、二十五年連れ添った奥さんがいました。その家族はクリスチャンでした。家族は怒ることよりもいかに夫(父)が私たちを愛していてくれたかに思いを寄せ、また「彼は、良きサマリヤ人の役割を果たした」と述べられていました。
 この出来事の少し前に、カンボジアで働いている同僚宣教師の息子(十七歳)が病気で亡くなりました。カンボジアは医療レベルが低すぎるので、タイに運ばれて治療を受けましたが、助かりませんでした。子供を宣教地で失う両親の心の悲しみに胸が痛みます。
 この二つのことを通して「私がそれらの出来事に遭遇していたら、どうしていたのか?」と考えました。いざという時に、また常に、クリスチャンとしての役割を果たす用意があるのか?と問われている思いがしました。(ひとみ)

【祈りの課題】
1. 11月上旬に日本を出発し、11月下旬にクアラルンプール日本語キリスト者集会(マレーシア)とシンガポール日本語キリスト教会で奉仕をします。ともに世界宣教を担うパートナーとしてよき交わりの時が与えられますように。
2. 12月1日にカンボジアに帰国する予定です。第2期の働きの導きと、約1ヶ月間のカンボジア語の復習のために。


「神様の定められた命」
カンボジア・ニャックルアン  西村信恵

 皆さまお元気でしょうか?カンボジアは雨季に入り、夜は肌寒いくらいになりました。
 今月はOMFカンボジアにとって悲しい出来事がありました。OMFカンボジア宣教師のプラック宣教師ご家族の息子さんアンドリューさん(十七歳)が、九月十四日に天国に召されました。八月に意識不明になりバンコクの病院で治療していました。そこで糖尿病にかかっていたことを知らされました。プラックさん(ご主人はカンボジア人で奥様はアメリカ人)ご家族はカンボジアのバンティエイ・ミェンジェイというところで、新しく教会開拓を始めようとして、その土地に移られてから三週間後の出来事でした。意識不明になってから、ずっとOMFカンボジア、また、他の地の人たちによっても多くの祈りの手があがっていました。このことが起こった時に、私はニャックルアン教会のガイ姉妹のことを思いました。教会員で断食をし、祈りの輪を作り祈り支えて、七月末に召された姉妹のことです。神様の定められた命の長さは私達には知らされていません。私達の必死の祈りに神様は答えられなかったようにも思えます。けれども、その時を振り返ると、私は、確かに神様の御手が祈りを通してその人たちの上にあったと思えるのです。ガイ姉妹が、神様から大きな冠を受ける夢を見たこと、意識不明だったのに亡くなる前に、賛美と祈りの後に涙を流したこと。アンドリューさんが亡くなられてプラックさんご夫妻から私達に宛ててメールが送られてきました。「‥‥私達はずっと祈られてきた祈りの答えをいただきました。アンドリューは、完全な癒しを天国でいただいています。九月十四日の午後十一時十分、主イエスの下に召されました。突然の病気の症状の表れから四週間の闘いの結果、この地上での癒しを見ることはできませんでした。‥‥最後の二日間も私達家族はベッドのそばで集い、彼を励まし、祈り、賛美しあいました。その間中、私達はとても祝福されていました。その間、彼の顔色が変わり、平安を持った笑顔に変わりました。そして、意識不明になってから一ヶ月後、初めて彼の目が開きました。私達は賛美を共にし、天国に行ってもいいんだよ、私達も後からそこに行って、あなたと会えるんだよ、ということを言いました。‥‥」このメールを見て、神様は確かに祈りを通して働き、その家族を取り囲んでいてくださり、その御手でご家族を運んでくださっていると思いました。
 プラックさんご家族は「アメリカでの御葬式の後、何ヶ月かご家族や親戚と過ごされた後に、またバンティエイ・ミェンジェイでの働きに戻って来ます。お祈りください。」と言われました。どうぞ、このご家族の上に主からの豊かな慰めがありますように、今後のご家族の導きのために、また、彼らが仕えようとしているバンティエイ・ミェンジェイでの働きのために、どうぞお祈りください。皆さまのお祈りを心から感謝いたします。

【祈りの課題】
1. 洗礼を受けたニャックルアン教会、伝道先合わせて12人の信仰の歩みのためにお祈りください。家族の反対の中、信仰が守られ、成長していきますように。
2. ラタナキリに移ったスレイニーさんご家族、スワイリエンに移ったポーラーさんご夫妻、プノンペンに移動した青年達の信仰の歩みが続けられるように。

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